Anthony Paul の家の中に入ると、窓からの景色に魅了されます。
日本庭園は大きなお屋敷の中から眺める自然を模した風景であり、客目線で眺める庭と言ってもいいでしょう。広い畳の部屋の窓を開け放って、和室と庭が一体となるダイナミックな美しさは世界一です。しかし、それは一般庶民の庭ではなく、小さな家の台所に立つ女性たちの目線からは、ほど遠い世界です。
この写真は彼らが住む家の、キッチンのシンクに立った時の、窓からの景色。
洗い物をしながら見る、小さな窓の外に広がる緑の庭です。真ん中に置いてあるポットにはいつも何も植えられていません。緑の中にあって、何も植えられていないポットは、ポットでありながらオブジェであり、アートです。シンクの前に立つ時、その目線のまっすぐ先にこのポットは置かれています。
そして、これは同じキッチンシンクの窓から見た冬の庭。庭は時間と共に変化していきます。キッチンの前に立つ時間の長い女性にとって、四季折々変化していく窓からの景色は、とても大事です。冬の庭には冬にしか見られない凛とした空間があります。
この美しい写真は彼らの自宅のダイニングルームから見える庭、私の大好きな写真です。
彼らの家は築500年、外のテラスに出るドアは厚い無垢の木でできています。寒い冬の長いイギリスでは、ダイニングルームのドアを開けて外の景色を見る事は不可能です。よく見ると、手前に開いた重厚なドアとは別に、透明な1枚ガラスのドアが閉まっているのが見えます。彼らは冬の間もダイニングルームで食事をする時に庭が見えるよう、敢えて1枚ガラスのドアをつけたのです。彼らにとって庭は暮らしと共にあります。
Anthony Paul は料理が好きです。仕事が忙しく、自宅に戻るのが夜になっても、彼は料理をします。彼にとって料理もまた表現の場、アートの世界です。私と友人がサマーハウスに泊まったこの日も彼は夜7時近くに帰ってきて料理。8時には池に張り出したテラスで夕食です。凝った事はしなくても、彼は美味しいアートの世界を創り出します。この日、白いシンプルなお皿の上にはチューリップツリーの葉が1枚。この後、緑のアボカドと黒のブラックベリーのオードブルが美しく白いお皿に並べられ、メインディッシュはタイ料理でした。おいしかった。
ちなみにこの年、イギリスも猛暑で、デッキが張り出す池は一面の藻に覆われました。芝生と間違えて猫が池に飛び込んだ、と Anthony Paul が笑っていました。
妻の Hannah Peschar
庭をオープンエアのギャラリーとして、立体アート作品を展示し、作家を世に出す仕事をしています。Anthony Paul の作った緑の庭の中に佇む、Hannah が選んだオブジェ。その光と影の立体空間の中に点在する、Hannah のオブジェが生み出す世界。私がイギリスで最も美しい庭だと思う所以です。
今、都会の限られた敷地の中で、小さな家に住んでいる私達。だからこそ、庭を暮らしと共にあるものと捉え、家の中から窓を通して見る、季節と共に変化する、すぐそばの緑の世界をデザインする事が大切だと私は考えます。
ガーデンデザイナー 麻生 恵