イギリス人をすごく羨ましがらせる言葉をご存じでしょうか。
「うちの庭にはオレンジの木があります」
こう言った途端、彼らは口をポカンとあけて、余りの羨ましさに、しばし間が抜けたような表情をします。そして、羨望の眼差しで私を見つめるものです。数か月の夏の他には、長く暗く寒い冬しかないと言ってもいいイギリスでは、冬のスペインのオレンジの木は夢のまた夢なのです。
我が家のダイニングルームには大きな窓があります。光を取り込んで、大らかな、明るい部屋にしたいと、ほとんど壁から壁いっぱいに窓が作られています。その前に長方形の大きなダイニングテーブルを置いているのですが、そこに座っているとお向かいの玄関から中が見えてしまうのです。私達も、ダイニングテーブルに陣取って、お向かいの玄関を見張っているようで、お互いの目が合ったりすると、それも気まずいものです。
隣家からの視線を遮り、我が家から隣家への視線も遮る。見ないで、と言わんばかりの目隠しではなく、さりげなく視線を遮りたいのです。大きな窓から光が室内に溢れ、風の流れを取り込み、季節の香りを漂わせたい。しかし、隣家からの視線は遮りたい。
私はその問題をたった一本の温州ミカンの木で解決しました。
イギリス人垂涎のオレンジの木です。
玄関を入り、薄暗い廊下を抜けてリビングルームに出ると、その突き当り、大きな窓枠のピクチャーフレームに、明るく緑を透かす光を背に受けて、一本の温州ミカンが大らかに、緑いっぱいに枝を広げているのが、ぱっと目に飛び込んできます。我が家を訪れるお客様の誰もが、この光景が忘れられないと言います。
Before
After
ガーデンデザイナー 麻生 恵